爆笑問題の活動年表 1965年~

太田光・田中裕二の誕生から、学生時代、爆笑問題結成まで

1965年

1月 田中裕二、東京都中野区にて誕生
5月 太田光、埼玉県上福岡市にて誕生

1971年

3月 田中、鷺宮幼稚園卒園
4月 田中、中野区立若宮小学校入学

1972年

3月 太田、双葉幼稚園卒園
4月 太田、上福岡市立第2小学校入学

1975年

太田、上福岡市立第6小学校転入

1977年

4月 田中、中野区立第八中学校入学
ラジオを聴きはじめ、アナウンサーに憧れを抱く。

1978年

4月 太田、上福岡市立第2中学校入学
活発な少年時代。ビートたけしやチャップリンに影響を受ける。

1980年

田中、都立井草高校入学
放送部所属。校内放送「ウーチャカ大放送」のパーソナリティに。
ミスター井草」にも選ばれ、人気者になる。

1981年

太田、大東文化大学第一高等学校入学
中学とは違い無口で孤独な高校時代を過ごす。
友達は一人もいないが3年間一日も休まなかった。成績も優秀。
演劇部に所属するが他に部員がいない為、文化祭では堂本正樹の「ナイロンの折鶴」を一人芝居する。

1984年

日本大学芸術学部入学試験
太田は試験中に大騒ぎ。田中は野球のユニフォームを着用。
実技試験で田中は『ハイティーン・ブギ』、太田は『浪速恋しぐれ』を歌う
4月 太田・田中、日本大学芸術学部演劇学科入学
田中が太田に声をかけ、知り合う。試験会場で目立っていたことが最初の話題。

1985年

9月 田中、日本大学芸術学部演劇学科中退
11月 田中、日芸学園祭の余興のために、大学の先輩とコンビを組む。コンビ名は「東京ギャグポンプ」。見事「高田文夫賞」を受賞し、その後TBSテレビ「おじゃまします」のお笑い新人コーナーに出演。
12月 太田・田中、後輩の薦めで渋谷のショーパブ「グランバレー」への出演が決定。初めてコントを書くが、ショーが中止になった為やらずに終わってしまう。これが二人でコントをやるきっかけになった。

1986年

太田、日本大学芸術学部演劇学科除籍。シナリオ・センターでシナリオを勉強する。

1987年

太田、小劇団「スターライトカンパニー」のオーディションを受け入団。すぐに辞める。